地方公共団体における複製物の作製 |
筆者 : 益田 宏明 氏 |
1.はじめに | 3.なぜ複製物を作製するのか 3-1.原文書廃棄による保存スペースの確保 3-2.原文書移動による保存スペースの確保 3-3.利用範囲の拡大 3-4.保存対策 |
4.複製物作製後の原文書廃棄 4-1.原本性と証拠能力 4-2.複製物の保存性 4-3.歴史的価値 |
2.「複製物」と「媒体変換」の意味 |
5.まとめ |
1.はじめに 電磁的記録の登場、情報公開条例及び個人情報保護条例の普及等と地方公共団体における行政文書管理を取り巻く環境は、急激に変化している。無論、このような状況の変化に関わりなく地方公共団体に行政文書の適切な管理が求められていることはいうまでもない。 しかし、これら状況の変化をきっかけに行政文書の管理を見直す団体が少なくないのも事実である。 行政文書の適切な管理とは、行政文書の適切な利用と保存の実現にほかならない。 行政文書管理システムの構築や文書管理規程の見直し、書庫整理等も行政文書の適切な利用と保存を実現するための方策である。 このように行政文書の適切な利用と保存を実現するためには様々なアプローチが存在する。 複製物の作製もそのひとつである。 |
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2.「複製物」と「媒体変換」の意味 文書の複製は、大きく以下の2種に分類することができる。 @.記録された内容及びその形態まで原文書に近づけようとするもの A.原文書に記録された内容のみを対象としたもの @の意味における複製の用法は、しばしば博物館等において用いられる。極めて貴重である、あるいは劣化が激しい等の理由によって原文書を展示、利用できない場合に@の意味における複製物が作製されるケースが多い。 この場合、原文書の内容とともに、サイズや紙質等までが複製化の対象となる。これらは、複製物のなかでもイミテーションという範疇に属するものである。 一方、地方公共団体における複製は、Aに該当する。これは、地方公共団体の複製物作製においては、形態情報が複製化の対象にならないということを意味している。 本稿においても、複製をAの意味において使用する。 複製化と似たことばに媒体変換がある。 媒体変換とは、その名が示すとおり、記録媒体をかえて原文書の内容を複製することである。 そこではあくまで記録されている内容が複製の対象となる。 その意味において媒体変換は、複製のAの意味に近いといえる。 しかし、原文書と同じ記録媒体を用いて複製物を作製することは媒体変換とはいわない。 複製物は原文書と同じ記録媒体で作製されるケースもあり、媒体変換は複製物作製のひとつの形態であるといえる。 また、一般的に原文書をイメージ情報ではなく、コード情報として写し取ったものを複製物と呼ぶケースは少ない。 これらは、新たな記録の作成と理解されるからである。 しかし、本稿においては、原文書の内容をコード情報として写し取ったものも便宜上複製物の範疇に入れる。 なお、本稿における原文書とは特に表記がない限り紙文書を意味している。 |
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3.なぜ複製物を作製するのか 地方公共団体が複製物を作製するにあたっては、以下の点について選択を行わなければならない。
@からCは、相互に関連し、複製物作製の目的によって決定される。 かつて地方公共団体における複製物の作製は、「永年保存文書をマイクロ化し、原文書を廃棄する」ことと認識されていた。 しかし、「公文書館法の施行」、「情報公開及び情報公開条例の普及」、「電磁的記録媒体の普及」、「ITの推進」等によって状況はかわった。 この状況の変化は、地方公共団体における複製物作製の目的を多様化させたといえる。 また、複製物を作製する目的は、必ずしもひとつとは限らない。 それだけに、複製化の目的やその優先順位を明確にすることは、極めて重要であるといえる。 3-1.原文書廃棄による保存スペースの確保 紙よりも記録密度の高い記録媒体によって複製物を作製し、原文書を廃棄すれば確実に保存スペースは確保できる。 今日においてもこの方法は、選択肢のひとつとして存在している。 ただし、注意しなければならないのは、複製物の作製が保存スペース確保の根本的解決になるか否かである。 保管、保存スペース不足の原因が、不適切な保存期間指定や不適切な簿冊編てつ、リテンションスケジュールの不備等によるものであるのならば、複製物の作製よりもこれらを解決することが先決といえる。 これらの問題を放置したままの複製化は、保存スペース確保の対処療法にしかならない。 3-2.原文書移動による保存スペースの確保 地方公共団体において、実際に文書が置かれているのは、事務室と書庫である。 事務室には、現年度文書及び前年度文書そしてそれ以前に作成された利用頻度の高い文書が置かれている場合が多い。 これらの量が膨大であった場合、あるいは年々増加していくというような場合には、より記録密度の高い記録媒体によって作製した複製物を事務室に置き、原文書を書庫に移動するという選択肢がある。 地方公共団体の書庫は、一般的に庁内あるいは庁舎に隣接したかたちで存在する。 文書はあくまで利用を前提として保存されるため、書庫は実際に利用される場所に近いことが望まれる。 しかし、保存文書を利用する場合、必ずしも原文書でなければならないとは限らない。 むしろ内容さえ確認できれば、原文書である必要はないというケースも多い。 このような場合には、庁内あるいは庁舎に隣接する書庫から原文書を移動することができる。 移動する先は、庁舎から遠距離にある書庫、公文書館、図書館、博物館、公民館、学校の空き教室、倉庫業者等が考えられる。 無論、この場合には、移動先のセキュリティや保存環境に配慮する必要がある。 これらの方法では、原文書に複製物が加わるため記録の絶対量は増えることになる。 し かし、何をどこに置くのかという自由度が確保されるため、記録の保存スペースをトータルで考えることができる。 これは、総合的にみれば保存スペースの確保といえる。 ただし、この対策も適切な簿冊編てつ、適切な文書のリテンションスケジュールを確保 したうえで行われなければならない。 これらが適切であれば、基本的に増加していくのは永年保存文書だけである。 このような状況では、何を複製化すべきかという総合的な判断を下すことができる。 しかし、このような状況が整っていない場合、複製化すべき文書の選択が場当たり的にならざるを得ないからである。 3-3.利用範囲の拡大 利用範囲の拡大とは、利用者、利用方法、利用形態の拡大を意味する。 従来の記録媒体である紙、マイクロフィルムの利用とは、実際にその記録を手に取ることを意味した。 従って、利用者は、その記録が存在する場所まで足を運ばねばならなかったし、ひとつの記録を同時に複数の利用者が利用することはできなかった。 このような課題に対し、従来は記録をそれぞれの利用者が利用しやすい場所に置く、利用者が多数想定される場合には複数の複製物を作製するという方法によって対応してきた。 しかし、電磁的記録媒体が従来の利用者、利用形態、利用方法を根底から覆した。 庁内LANの整備は、庁内に複数存在する全く同じ文書の排除を可能にする。例規集、基本計画、予算書、広報誌、文書目録、行事予定等は、庁内LANの整備によって必ずしもすべての課に紙文書として配布する必要はなくなるであろう。 特に例規集、文書目録のように内容の更新が行われるものの場合、デジタル化によって紙文書における差し替えや修正作業がなくなるメリットも大きい。 また、個々のデータの配列を必要に応じて並べかえられるという電磁的記録の特徴を活かすのであればイメージ情報ではなくコード情報によって複製化を行う必要がある。 文書目録は、コード情報による複製化のメリットが最も大きいもののひとつであろう。 文書目録のコード情報化は、文書の多様な検索を可能にし、廃棄文書目録、引継文書目録、簿冊ラベル、保存箱ラベルの作成をも容易にする。 行政の説明責任、開かれた行政、行政と住民との協力等が求められる今日、情報公開は極めて重要な位置を占めているといえる。 情報公開には、請求によるものとよらないものがある。請求による情報公開のうち義務に基づくものが情報公開制度である。 一方、請求によらない情報発信も情報公開の一部といえる。 無論、これまでも地方公共団体は必要に応じて情報発信を行ってきた。 その方法は、広報誌の発行、掲示板への掲示、広報車による活動等様々である。 これらに加え、ホームページの開設やメールマガジンの発行等電磁的記録は、情報発信においても新たな展開をもたらした。 従来の情報発信と電磁的情報発信の併用は、より広範囲に、より詳細な情報の提供を可能にするといえる。 以上のように、多様な検索、複数の利用者の同時利用、遠隔地からの利用、データの並べかえの容易さ、情報発信という観点からみた場合、電磁的記録は行政情報の利用の可能性を飛躍的に拡大させたといえる。 3-4.保存対策 保存対策には様々なものがあるが、そのうち劣化対策と災害対策において、複製化は極めて重要なファクターといえる。 かたちあるものは、必ず劣化する。 保存環境を整えること等によって劣化の速度を遅くすることはできても、止めることはほぼ不可能である。 劣化対策には、文書自体の保護と文書内容の保存という二つの面がある。 文書自体の保護とは、文書を劣化させる原因を排除することである。 文書を劣化させる原因のひとつに「人の利用」をあげることができる。 必要なとき以外は複製物を利用し、原文書は利用しないという方法によって「人の利用」による劣化から原文書を保護することができる。 文書内容の保存とは、劣化による文書の滅失を想定した対策である。 文書のもつ情報は、大きく内容と形態情報とに分けることができる。 滅失が想定される文書の内容を保存するためには、複製物の作製しか方法がない。 形態情報の保存については別の対策が必要となる。 以上のように、文書自体の保護と文書内容の保存、両者において複製物の作製は、有効な手段だといえる。 これらの劣化対策が求められるのは、多くの場合、永年保存文書、歴史資料等、現時点において廃棄を想定していない文書のうち以下のものであろう。
Aに関して特に注意を要するのは酸性紙と青焼き文書である。 酸性紙の劣化とは、酸性紙内部に存在する硫酸アルミニウムが紙の繊維を破壊する現象である。 酸性紙劣化が進行した文書は、紙自体が枯れ葉のようにバラバラに崩れていく。 書庫や保存箱の中に数回折り曲げただけでちぎれてしまうような紙片を見つけたら注意が必要である。 また、青焼きといわれる方法で作製 された文書、図面は、紫外線の影響によってインクそのものが徐々に薄くなる。 酸性紙、青焼き文書のなかでも注意しなければならないのは、旧役場文書である。 これらは、作成されてからの時間経過や当時の紙質を考えた場合、緊急の対策を必要とする可能性が高い。 無論、保存環境や紙の質によっては町村合併以降の文書であっても劣化が進行しているケースもある。 すべての保存文書の検査が困難であったとしても、定期的な抜き取りチェックによる確認は必要であろう。 劣化の進行状況によっては、複製物の作製そのものが困難になる場合もある。 劣化対策としての複製物作製において、その時期は極めて重要なポイントである。 保存における災害対策にも様々なものが考えられる。 耐震工事や消火設備の充実等もその一種である。 災害対策をプランニングする際に、最も重要なのは想像力であるといわれる。 最悪の状況をどこまで想像、想定できるかが災害対策の鍵となる。 耐震工事や消火設備の充実は、極めて重要な災害対策といえる。 しかし、これらの目的は、庁舎をまもることにある。 では、庁舎そのものが倒壊、焼失した場合にはどうなるのか。 そこに保存されているすべての文書は失われると考えるべきであろう。 そこまで考えた災害対策を講ずるのであれば、分散保存という方法しか選択肢はない。 分散保存とは、複製物を作製し、原文書と複製物を別々の場所において二重に保存するという方法である。 これが実現できれば、原文書が失われたとしても、そこに記録されていた内容は残すことができる。すべての文書において分散保存が実現すれば理想的といえる。 しかし、それが困難であったとしても災害時に市民の生命、生活等に直接関わるような文書については分散保存を検討する必要があろう。 分散保存において、ほぼ安全とされる保存場所間の距離は80kmといわれている。 |
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4.複製物作製後の原文書廃棄 4-1.原本性と証拠能力 原文書を廃棄し、複製物を残すとは何を意味するのか。 複製物を作製する際に原文書は、しばしば原本と呼ばれる。 「共通課題研究会中間報告 −電子文書の原本性確保方策を中心として−」(平成11年4月)の「第3 電子文書の原本性確保方策」には、原本について次のようにまとめられている。 1 電子文書の原本性 基本計画では、「紙媒体の原本から電子媒体 の原本への移行を実現し、情報管理の効率化を推進するため、技術動向を踏まえつつ、電子文書の原本性を確保する方策を講ずる」こととされているところであるが、ここで、この中間報告において用いている「電子文書の原本性」な いし「電子文書の原本性を確保する」という文言の意味について触れておきたい。 原本とは、一般的には、「一定の事項を表示するため確定的なものとして作成された文書」(内閣法制局法令用語研究会編『有斐閣法律用語辞典』(有斐閣、1993年)382頁)、あるいは、「謄本、正本及び抄本に対する用語として用いられ、これら謄本、正本又は抄本の基になる文書で、一般的に言えば、作成者が一定の内容を表示するため、確定的なものとして最初に作成 した文書をいう」(高辻正巳ほか共編『法令用語辞典〔第7次改訂版〕』(学陽書房、1996年) 212頁)とされている。 しかし、現行法令上、「判決の原本」、あるいは「審決の原本」といった用例はみられるものの、「原本」についての定義及び要件を定めた規定はなく、したがって、紙文書についてもその定義等は明確でないこと、また、「原本性」という用例もないことから、電子文書についてのみ、法的意味での「原本」ないし「原本性」の定義等を検討する必要性は乏しく、また、その実益もないと考えられる。 法令等に原本の定義がなくとも、個々の条文によって必然的に原本が規定され、その扱いが定められているものもある。 これらについては、その法令等に従った扱いをする必要がある。 しかし、法令等によって原本が規定されていない文書について原本あるいは原本性について検討することはあまり意味があることではない。 むしろ、検討すべきは、原文書及び複製物の証拠能力である。 では、地方公共団体が保有する文書の証拠能力とはどのようなものであろうか。 地方公共団体が組織として保有する文書は、大きく職員が作成したものと職員以外のものが作成したものに分けて考えることができる。 前者は公文書、後者は私文書である。 これは、昭和6年の大審院判例による次のような定義による。 国又ハ地方公共団体ノ機関、又ハ公務員力法令二依ルト官公署ノ内規、慣例ニヨルトヲ問ハス、職務上ソノ名義ニテ作製スル文書ヲ公文書卜謂ウ。 そして、民事訴訟法においては公文書、私文書は次のように位置づけられている。 (文書の成立) 第228条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。 2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。 3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照合をすることができる。 4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。 5 第2項及び第3項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。 公文書及び「本人又はその代理人の署名又は押印がある」私文書は、一般に高い証拠能力を有しているといえる。 法令等による規定がなくともこのような性格を有する文書を複製化後に廃棄する場合、検討を要するのは以下の2点である。 @.原文書の証拠能力を複製物において確保する必要があるのか A.原文書の証拠能力を複製物において確保する方法 @は、原文書そのものがもつ証拠能力の問題と将来的に法律的な問題が生じる可能性があるのかという判断によって決定される。 Aの方法が確立しているのは、マイクロフィルムである。 (社) 日本画像情報マネジメント協会発行の「月刊IM vol.36 No.6 2000−6月号」、「法律問題QandA」によれば、マイクロフィルムにおける原文書の証拠能力確保の条件は、以下のようなものである。 1.文書規程等に、文書管理・活用のために紙文書をマイクロフィルム記録することや原本廃棄について明記され、責任部署、責任者が明確になっていること。 2.マイクロフィルム運用規程等で、撮影証明方式等の作成の方法が明確に定められていること。 3.マイクロフィルムへの記録は、定期的に通常の業務の一環として行われていること。 これらの条件をクリアしたうえで作製されたマイクロフィルムは、一般的に原文書と同程度の証拠能力を確保できると考えられる。 実際の裁判においてマイクロフィルムが証拠として採用された事例も少なくない。 なお、岩国市、帯広市、川崎市、京都市、千葉市、豊田市、都城市、芳賀町等についてはマイクロフィルム運用規程等をインターネット上でみることができる。 一方、電磁的記録媒体については、マイクロフィルムのように原文書の証拠能力を確保する方法が確立してはいない。 しかし、これは、電磁的記録媒体による複製物が証拠能力をもたないということではない。 最終的に証拠能力の有無を判断するのは裁判所である。 原文書が正しく複製され、その後改竄もされていないということを証明できれば、電磁的記録媒体による複製物も原文書と同程度の証拠能力は認められるであろう。 ただ、現時点においては、その方法が一般化されていないということである。 4-2.複製物の保存性 行政文書は、文書管理規程等によって保存期間が定められる。 複製物を作製した後に原文書を廃棄する場合、複製物は原文書の保存期間が満了するまで保存されなければならない。 保存とは、単に「取っておく」ことではなく、読める状態を維持し続けることである。 紙やマイクロフィルムのようなアナログ媒体は、原文書の内容を変換して記録しているわけではない。 従って、マイクロフィルムは拡大し光を照射しなければならないが、基本的にアナログ媒体はそのまま読むことができる。 これは、紙やマイクロフィルムに記録された情報の寿命が媒体の寿命と等しいということを意味する。 この世の中に劣化しない物質が存在しない以上、紙やマイクロフィルムも劣化すると考えなければならない。 しかし、科学的、物理的な劣化の進行は、保存環境を整備することによって遅くすることができる。 永久には保存できないにしても環境を整備することによって長期の保存を期待することはできるであろう。 更に定期的な検査等によって劣化の進行を確認し、必要に応じて再度複製化を行うことも不可能ではない。 紙、マイクロフィルムのようなアナログ媒体の特徴は、 「読める」 「読めない」 の間に無数の段階が存在することである。 一方、電磁的記録媒体は、原文書の内容を1と0の組み合わせに変換したうえで記録している。 従って、電磁的記録を読むためには再度1と0の組み合わせを変換しなければならない。 つまり、電磁的記録を読める状態で維持するためには、記録そのものとそのデー夕を変換するための装置の両者を保存、維持 しなければならないということである。 かつて、CD‐R、フロッピーディスク、紙、マイクロフィルムといった記録媒体そのものの保存性に関する比較が頻繁に行われた。 しかし、今日、電磁的記録の保存については、媒体そのものの保存性よりもその読み取り装置の維持の方がより深刻な問題としてとらえられている。 実際、読み取り装置を長期にわたって維持することは困難である。 長期にわたる読み取り装置の維持が困難であるとすれば、電磁的記録そのもののファイル形式の変更等を継続的に実施する以外に読める状態を維持することは不可能である。 これは、ベータ方式で録画された映像、5インチのフロッピーディスクに記録された情報、ワープロで作製された記録をいまみようとしたときにどのような対応が必要かを想像すれば明らかである。 また、電磁的記録媒体そのものの保存性を考えれば、二重、三重にバックアップをとり、定期的に検査を行う必要もある。 記録密度が高いということは、スペースの面では有利であるが、保存性という面からは物理的な損傷に対する危険性が増すということでもある。 これらの可読性維持のための対策が実現すれば、理論上、電磁的記録も長期保存が可能であると考えられる。 「行政文書の管理方策に関するガイドラインについて」(平成12年2月25日 各省庁事務連絡会議申合せ)、「第3行政文書の保存」の「(留意事項)<行政文書の保存期間>」には次のように記されている。 (5)行政文書の記録媒体の変換について、「適正かつ確実に利用できる方式」とは、例えば、電磁的記録の場合であれば、ソフトやハードの技術発展、記録媒体そのものの耐用年数等に対応するため、同一又は他の種別の記録媒体への変換、データ・ファイル形式の変更、定期的なバック・アップ等の措置を適切に講ずることである。 4-3.歴史的価値 これまで述べてきたことをまとめると、複製物作製後に原文書を廃棄できる条件は、以下の3点である。 @.法令等によって原文書の保存が義務づけられていないこと A.証拠能力の問題がクリアできること B.保存期間が満了するまで複製物の保存が可能であること しかし、もう一点、極めて重要な問題がある。 それは、原文書における歴史的価値である。公文書館法によって、公文書の歴史的価値が明確に示されている今日、複製物を作製し、証拠能力の問題等がクリアできたとしても歴史的価値を有する原文書であれば、廃棄することには慎重さが求められる。 既に述べたとおり、地方公共団体における複製化は、原文書に書かれている内容を対象としている。 つまり、複製物を作製したとしても原文書の廃棄によって内容以外の情報は失われるということである。 また、歴史的価値を有する文書の場合、オリジナルであることそのものが価値をもつ。 これは、複製物がもち得ない価値である。 |
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5.まとめ 行政文書管理の目的は、行政文書の適切な利用と保存の実現である。複製物の作製もこの一環でなければならない。 竹内秀樹氏は、論文「デジタル情報の保存をめぐる動向 米国における取り組みを中心に」(「ネットワーク資料保存第45号」1996.9 日本図書館協会資料保存委員会発行)において米国の保存・アクセス委員会(Comission on Preservation and Access:以下CPA)の提唱するハイブリッドなシステムを紹介している。 ここでいうハイブリッドなシステムとは、マイクロ化を保存の手段、デジタル化をアクセスの手段と位置づけ、紙文書をマイクロとデジタル両者に記録するというシステムである。 そして、このシステムの実践例として「紙→マイクロ→デジタル」(エール大学)、「紙→デジタル→マイクロ」(コーネル大学)というプロジェクトが紹介されている。 新たな技術の普及が「行政文書の適切な利用」という側面に与える影響は大きい。 技術の進歩は、確実に利便性をもたら しかし、忘れてはならないのは「行政文書の適切な保存」という側面である。 保存については、災害対策における場合と同様「想像力」の助けが必要となる。 どのような状況を想定し得るかによって対応は異なる。 保存期間が長期であればある程、記録媒体の選択やその後の対応には、慎重さが必要とされる。 社会状況は、刻々と変化する。行政文書管理における個々の具体的な目的も対策も多様化していく。 だからこそ、原理原則を再度確認することが重要だといえる。 複製物作製の目的やその目的を実現するための対策もこの原理原則に則ったものでなければならない。 筆者:益田 宏明 (2001.10.15) |
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*注 :本文中におけるイラスト、写真は、筆者の承諾に基づき(株)国際マイクロ写真工業社が挿入したものです。 :本文における竹内秀樹様の論文 『デジタル情報の保存をめぐる動向 米国における取り組みを中心に』 (「ネットワーク資料保存第45号」1996.9 日本図書館協会資料保存委員会発行)」は、弊社ホームページ参考文献のコーナーに全文掲載しています。 |
益田 宏明 様 : ご略歴 益田宏明氏はご略歴のとおり、深く行政文書に関わられおられるスペシャリストです。 講演会や執筆のご依頼の多い先生ですが、今回 当社の参考文献 執筆のお願いに誠実に対応して戴けましたことに感謝いたしております。 この場をお借りして益田宏明様に重ねて御礼を申しあげます。 |
講演: 1994年 「静岡県内における史料保存の現状について」 (埼玉県地域史料保存活用連絡協議会) 1995年 「『文書管理通信』にみる史料保存から」 (記録史料保存を考える会) 1996年 「地方公共団体における電子情報記録媒体の管理」 (第3回記録資料の保存・修復に関する研究集会/記録資料の保存修復に関する研究集会実行委員会) 1999年 「記録の複製とその意味」 (DJIエグゼクティブセミナー/国際資料研究所) 1999年 「文書と記録の管理」 (静岡大学情報学部集中講座 「アーカイブズ管理論」) 2000年〜 地方公共団体職員を対象とした情報公開・文書管理セミナー 執筆: 1992〜1999年 「文書管理通信」 編集担当 1998年 「複製物を作製した永年保存文書は廃棄可能か?」 地方史研究272号(地方史研究協議会) 1999年 「情報を残すということ −公文書館・図書館を例に−」 (「マテリアルライフvol.11 No.1」 マテリアルライフ学会) 1999年 「情報公開の現状と課題」 (自費出版) 2000年〜 「行政文書管理」 編集 |